【横浜中華街/元町中華街エリア】関帝廟通り(地久門・天長門間、道沿いに横浜関帝廟)

元町・中華街(山下公園)駅

関帝廟通りへ

関帝廟通りは、横浜中華街中心部で中華街大通りに並行するように通された、比較的大きな通りです。

通りの名は、道沿いに関帝廟があることに由来しています。

関帝廟通りの西端は長安道と交差していますが、

関帝廟通り側から見ると、牌楼の扁額には門の名前「地久門」が入っています。

◾️関連リンク

Guide

  • 【横浜中華街/元町中華街エリア】中華街大通り(横浜中華街のメインストリート)
  • 【横浜中華街/史跡・寺社・公園】横浜関帝廟(関帝廟通り沿い、地久門傍)
  • 【横浜中華街/元町中華街エリア】長安道(堀川・西の橋付近から中華街内・開港道へ)

Info

横浜中華学院と関帝廟

横浜中華学院

関帝廟通り沿い(地久門付近)には、台湾系の外国人学校・横浜中華学院がありますが、2020(令和2)年に新校舎が落成したことによって関帝廟通り沿いの風景も一変しました(※)。

「旧校舎」時代は、現在の関帝廟通り沿いに校舎が建てられていたところ、

現在は通り沿いに校庭が、その奥に校舎が作られる形になっています。

地久門のすぐ横では、関帝廟通り沿い(右側)、長安道沿い(左側)、

双方の壁面にイラストが描かれていて、

イラストの並びでは、赤レンガの壁の中に、創立以来125年となる学校の歴史が展示されています。

◾️関連リンク

Guide

  • ※:中華学校は戦後の混乱期以降、台湾系・大陸系に分離することとなったため、JR根岸線の石川町駅・中華街口付近には、大陸系の外国人学校・横浜山手中華学校があります。
  • ※:【横浜中華街/簡易史】20世紀の国際情勢と横浜の「南京町」

横浜関帝廟

通りの名前の由来となっている横浜関帝廟は、長安道側から関帝廟通りへ入って割とすぐのところ、中山路との交差点の一角に位置しています。

1990(平成2)年、四代目関帝廟として現在地に建立されました。

以降、関帝廟は一般観光に対しても開かれた施設になると同時に、関帝廟通りも「横浜中華街内第二のメインストリート」としての歩みを始めます。

◾️関連リンク

Guide

  • 【横浜中華街/元町中華街エリア】中山路(横浜中華街内、堀川沿いから開港道への道)

Info

通り沿いの風景

赤い電柱

関帝廟通りでは、通り沿いに建てられた赤い電柱も目を引きますが、

通りの名前の他、関帝廟に因んだイラストなどが描かれています。

「日本国新聞発祥の地」記念碑

関帝廟通り沿いの歩道、横浜中華学院の敷地横付近には、「日本国新聞発祥の地」記念碑が置かれています。

日本国内で初めて「新聞」というメディア(情報伝達媒体)が誕生したことを記念した碑です。

この碑とは別に、「新聞の日刊化」を記念した碑が市役所側に残されています。

◾️関連リンク

Guide

山下町公園と「日本のフットボール発祥の地」記念碑

南門シルクロードとの交差点に作られた天長門付近では、かつての清国や中華民国の総領事館跡地に山下町公園があります。

中華街で歩き疲れた場合に一休みできる程度の、落ち着いた小さな公園ですね。

公園に入ってみると、南門シルクロード沿いにある媽祖廟の裏手に位置していることが分かります(※)。

公園内から関帝廟通り方面を振り返ると、

入り口傍に「日本のフットボール発祥の地」碑が置かれています。

◾️関連リンク

Guide

  • ※:山下町公園側から媽祖廟に入ることは出来ず、門も関係者専用となっています。
  • 【横浜中華街/史跡・寺社・公園】「日本のフットボール発祥地」碑

天長門

横浜大世界の手前には、天長門が作られています。

門の外に通されているのは南門シルクロードで、右手は元町商店街方面、左手は中華街大通方面です。

◾️関連リンク

Guide

Info

タイトルとURLをコピーしました