ベーリックホールは、元町公園内、エリスマン邸となりにある西洋館です。
巡り巡って横浜市の所有になったという経緯(後述)により、後から敷地ごと元町公園に編入されました。
1930(昭和5)年、イギリス人貿易商バートラム・ロバート・ベリックさんの邸宅として同地に建築された「ベリック邸」は、山手111番館や山手聖公会聖堂、外国人墓地の旧山手門など、横浜に多くの建築を残したJ.H.モーガン設計の西洋館であることも個性の一つとして挙げられます。
第二次世界大戦開戦を契機とするベリックさん一家のカナダ移住によって主人不在となったベリック邸は、遺族の所有期を経た1956(昭和31)年、カトリック・マリア会(カトリック教会の男子修道会)に寄贈されると、以降、同会が経営していた「セント・ジョセフ・インターナショナルスクール」の寄宿舎としての使用が始まりました。
さらに時は流れ、平成12(2000)年に同校が廃校となると、一年刻みで「ベリック邸」のあり方が変化します。
- 平成13(2001)年:横浜市が「旧ベリック邸=同校寄宿舎」を取得
- 平成14(2002)年:横浜市所有の「ベーリックホール」として、一般公開開始
横浜市の「ベリック邸」取得はマンション開発などによる跡地の宅地化から歴史的建造物を保護するためという目的を持ったもので、同地はこの時に正式に「元町公園」に編入されました。

ベーリックホールには、元々の所有者であるベリックさんが居を構えていた期間に比べ、「セント・ジョセフ・インターナショナルスクールの寄宿舎として使用された期間」の方が圧倒的に長いという、特徴的な来歴があります。
ルーツを優先した「ベーリックホール」の命名は、「名と実のアンバランスが生み出す妙」を感じさせるものでもありますが、実際のところ名(個人宅、約11年)、実(寄宿舎、のべ半世紀近く)、どちらの「跡」がよりフィットするのか。
建物の持つ重層的な歴史は、どこか「欧米本国に残された歴史的建築物」を思わせる風格の根拠でもありますが、一般公開にあたっては、命名同様、内装もルーツである個人宅利用に寄せる形で整えられた上で、現在は他の西洋館同様、各種イベントなどにも利用されています。
◾️関連リンク
Guide
- 【元町中華街エリア/山手本通り】元町公園
- 【元町中華街エリア/山手本通り】元町公園・西洋館エリアと「セント・ジョセフ公園」
- 【元町中華街エリア/山手本通り】元町公園内から山手本通りへ(元町公園プール、弓道場、貝殻坂、額坂)
- 【元町中華街エリア/山手本通り】山手111番館(港の見える丘公園内)
- 【元町中華街エリア/山手本通り】横浜山手聖公会(元町公園前、山手234番館隣)
- 【元町中華街エリア/山手本通り】横浜外国人墓地(山手本通り沿い、ブラフ99ガーデン隣)
- 【みなとみらい線沿線さんぽ】横浜山手とJ.H.モーガン(西洋館と山手本通りの街並み)
Info
参考資料
- 神奈川新聞社『横濱』vol.71 2021年新春号、令和3年1月15日

