横浜人形の家とポーリン橋
横浜人形の家前
山下公園通りは、山下公園前に通された、晩秋の横浜街歩き・定番ルートの一つです。
開港広場前から始まる主要地方道82号線の一部区間、具体的には山下公園前の区間が、(公式名に近い)通称で「山下公園通り」と呼ばれています。みなとみらい線経由の場合は元町・中華街駅が最寄り駅であり、最寄り出口となるのはマリンタワー口や山下公園口です(※)。
同駅経由で「端から端まで」を歩く場合、山下橋(※2)交差点付近、

もしくは横浜人形の家前スタートが一つのおすすめにあがりますが、

人形の家前スタートであれば、マリンタワー口利用のほか、元町口から出た後に「フランス橋・ポーリン橋」を使うルート(※3)もおすすめです。
◾️関連リンク
Guide
- 【元町中華街エリア】山下公園(大さん橋、横浜中華街傍)
- 【みなとみらい線全駅情報】 元町・中華街(山下公園)駅 -構内・出口・乗換案内-(※)
- 【元町中華街エリア/堀川に架かる橋】山下橋(山下公園傍、山下ふ頭・新山下エリア間)(※2)
- 【日本大通り/象の鼻】開港広場公園と周辺エリア(大さん橋、日本大通り傍)
- 【元町中華街エリア】フランス橋とポーリン橋(港の見える丘公園・フランス山地区から山下公園へ)(※3)
Info
ポーリン橋

人形の家前には、山下公園通りを跨ぐ「ポーリン橋」が架けられていますが、

山下公園通りの街路樹=銀杏の紅葉の様子は、ポーリン橋上からも眺めることが出来ます。

紅葉真っ只中の銀杏との距離も近く、

遠方には、小さくみなとみらいのクイーンズタワーが見えています。

銀杏並木は山下橋の手前まで続きますが、

秋が深まると、ポーリン橋下にも落ち葉も積もり始めます。
マリンタワー付近からホテルニューグランド付近

少し歩いて、マリンタワー前付近まで。紅葉の中をさらに歩いて、

ホテルニューグランドや山下公園の中央口方面へ。
この付近一帯は開港と同時に旧外国人居留地となったことから、かつては海外商館などが立ち並び、海辺には「フランス波止場」と呼ばれた交易用の波止場が作られていました(※)。
日本人一般に閉ざされたエリアとして近代が始まった形ですが、その後訪れることとなった激動期、すなわち居留地の法的消滅や関東大震災被災・震災復興期を経て、昭和の初めに大きく生まれ変わります(※2)。
震災で焼失した名門「グランドホテル」は、復興のシンボルとして「ホテルニューグランド」へ(※3)。
さらに瓦礫で埋め立てられた海辺は、市民のための憩いの空間「山下公園」となりました(※2)。
戦後には米軍を主体とする連合国軍(のちのGHQ)による進駐・接収というさらなる激動期も訪れるのですが(※4)、接収解除後は時の日本の高度成長による追い風を受け、今日の姿に至っています。

ニューグランド前を過ぎたあたりから歩道の道幅が若干狭くなりますが、

ガス灯風電灯の背景に映える紅葉が、いよいよ迫ってきた年の瀬を感じさせます。

夏の兆しが徐々に強まる頃芽吹いた若葉は、日々装いが冬本番に向かうこの季節を節目として、一つの区切りを迎えます。横浜中心部にあっての山下公園通りの魅力の一つは、元町公園やイタリア山庭園共々、「半年」の時間経過や迫り来る年末を体感できる点ですね。
◾️関連リンク
Guide
- 【元町中華街エリア】横浜マリンタワー(元町中華街駅最寄り、山下公園前)
- 【みなとみらい線沿線さんぽ】近代横浜の始まり -横浜開港-(※)
- 【みなとみらい線沿線さんぽ】近代横浜の始まり -開港場と周辺エリア-(※2)
- 【みなとみらい線沿線さんぽ】開港都市・横浜の発展と関東大震災(※2)
- 【元町中華街エリア】ホテルニューグランド(山下公園前、中華街傍)(※3)
- ※4:山下公園通りエリアについては、「米軍主体」というより、米第八軍(陸軍)の拠点となっていました
- 【元町中華街エリア】山下公園(大さん橋、横浜中華街傍)
Info
- 横浜市公式サイト “山下公園“
- 横浜マリンタワー公式サイト
- ホテルニューグランド公式サイト
県民ホール・産貿センター前

更に歩いて、県民ホール・産貿センター前付近から。

この付近までくると、同じ山下公園前でもまもなく日本大通りというエリアに入ります。この先が「港町・横浜始まりの地」ですね。

道幅はさらに狭く、「黄色」もさらに濃くなって、

開港広場公園前には英一番館跡が残されていますが、山下公園通りはこのエリアまで。
山下橋交差点から約1キロ、概ね10〜15分のお散歩コースです。
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Info
