【馬車道エリア/商店街・市役所】神奈川県立歴史博物館(馬車道駅最寄り、馬車道商店街内)

馬車道(横浜市役所)駅

沿革 -旧横浜正金銀行本店から「歴博」へ-

神奈川県立歴史博物館は、馬車道商店街の道沿い、万国橋通り側から入ってほぼすぐのところ右手に位置しています。

貿易の決済業務(国際金融取引)を扱う特殊銀行として設立された横浜正金銀行の本店だった建物が、戦後普通銀行に改組され、まずは東京銀行横浜支店となりました。

その後1964(昭和39)年、日々進化する銀行実務の現場であり続けるにはスペース・施設とも限界を迎えていた「歴史的資産」(建物・土地)を、神奈川県が維持・保存のため買収。

1967(昭和42)年に現在の「歴史博物館」の前身、神奈川県立博物館が開館します。

その後1995(平成7)年に県立博物館から「文化と歴史」部門が独立し、現在の神奈川県立歴史博物館が開館しました。

同年、旧・県立博物館の自然科学部門は、「神奈川県立生命の星・地球博物館」として小田原に移転・開館しています。

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Guide

  • 【馬車道エリア/商店街・市役所】馬車道商店街 -文明開化と西洋建築、「日本初」-
  • 【馬車道エリア/万国橋・新港ふ頭】万国橋通り(馬車道駅界隈、馬車道商店街・新港ふ頭傍)

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神奈川県立歴史博物館

スマホ持参であれば、「ポケット学芸員」というアプリをインストールすることによって、解説付きで館内展示を見て回ることが出来ます。

ほか、現地には親切な博物館ボランティアの方も多いですが、一度にすべてを見て回ろうとすると結構な時間がかかるので、時間にゆとりを持っての見学がお勧めです。

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館内一階:特別展示室

一階には、関連書籍やグッズ、お土産などを扱うミュージアムショップが用意されています。

ほか、展示フロアへの入口すぐのところには、期間ごとの企画展示が行われている特別展示室があって、常設展示フロアへのエスカレーターはすぐ左側に用意されていますが、順路のスタートは三階です。

時代区分は、それぞれ、

  • 古代(三階):先史(旧石器、縄文、弥生)時代+古墳時代〜平安時代
  • 中世(三階):鎌倉・室町(戦国期含む)・安土桃山時代
  • 近世(二階):江戸時代
  • 近代(二階):明治・大正・戦前昭和
  • 現代(二階):戦後昭和以降

です。

館内三階:常設展示(先史・古代・中世)

先史・古代

エスカレーターを降りて右手が先史時代と古代の展示、左手が中世の展示です。

古代のコーナーでは、主に弥生時代から平安時代までの出土品や再現模型が展示されています。

この時代の神奈川県は内陸部(現在の県央部)での活動が活発だったようで、聖武天皇の時代に相模国(神奈川県の県央部)に作られたという、国分寺(相模国分僧寺)の再現模型も置かれています。

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中世

中世コーナーの展示室正面に位置しているのは、この時代に日本の政治の中心となった鎌倉の地形です。

展示品には伝源頼朝像や北条時頼像をはじめ権力者や有力者個人の色が強くなって来る他(像の他に絵も多数あります)、日々の生活で使われる道具にしてもより「今現在」に近づいて来る様子が伝わります。

さらには仏教が日々の生活により深く浸透してくる様子なども展示されているのですが、残念ながら撮影禁止の展示品が多くなっています。

珍しいところでは、一般公開されていない円覚寺舎利殿の内部の実物模型や、

「舎利(釈迦の遺骨)が収められた箱」の模型も置かれています。

模型の作り自体も、実物同様にくぎを使わない設計になっているようです。

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館内二階:常設展示(近世・近代・現代)

近世

二階エスカレーターを降りて右側では、近世=江戸時代の展示が行われています。

この時代の南関東の地図が描かれた「関八州大絵図」には、まだ横浜が登場していません。

「開港前夜」を思わせます。

実際には既に武蔵国久良岐(くらき)郡横浜町その他が資料にも残っているのですが、

存在感が「東海道の神奈川宿と保土ヶ谷宿の間にある、海産物が名物の小さな幕府領・寺領」というところにとどまっています。

同時代(近世)の「神奈川の物産」という資料を見ると、本牧の特産品に干しなまこ、黒鯛、ヒラメ、牡蠣が挙げられています。

三浦半島では大根やマグロ、小田原ではみかん、箱根では箱根細工、県央部の川沿いでは鮎などが早くも特産品となっている一方で、相模湾沿いでは未だシラスが特産品に含まれていない、海岸部では塩が特産品になっていた地域が多い、等々。

現在との異同も中々興味深いところです。

ほか、この時代の展示品としては、信仰と共にあった名所めぐり(大山詣で、江ノ島詣で、富士登拝、お伊勢参り、京都見物)など、庶民の旅行が盛んになった時代だったということで、宿場町の様子、関所の様子などの他、旅をするにあたっての旅道具(旅行の際の携行品)などがあります。

「ガイドブック」の元祖のような書物もあったのですが、残念ながら撮影禁止となっていました。

近代

壁一面に描かれているのは全てペリーの肖像画です。全て別人にしか見えませんが、「同一人物だ」と言われると足して四で割った姿がなんとなく伝わってくるという、中々迫力のある一画ですね。

幕末の江戸湾を防備していた「青銅80ポンド陸用カノン砲」の複製品が置かれているほか、

目を引くのは、明治20年頃の外国人居留地の様子が再現された再現模型です。

外国人居留地は、はじめ開港場傍の山下町に作られ、後に山手町にも増設されましたが、ここで再現されているのは山下居留地の様子です。

正面に位置する赤レンガの建物は二代目の横浜税関、目の前にあるのは開港場に作られた二本の波止場(東波止場と西波止場、あるいはイギリス波止場と日本波止場)で、横浜税関の後ろには当時作られたばかりだった日本大通りが伸びています。

日本大通りの向かって右側には郵便局と二代目の神奈川県庁、左手横浜税関のすぐ後ろにはイギリス領事館、さらにその隣にロシア領事館、周辺には海外の金融機関などが作られていたようです。

波止場の左側に伸びている地は、後に大さん橋やグランドホテル、さらには山下公園が作られることになる海岸線です。

他にも、「ペリーの黒船」ことサスケハナ号や、

開港当時の横浜に江戸の吉原を模して作られていた港崎遊郭、その最大の妓楼ぎろう(遊女のお店)だった「岩亀楼」の様子が描かれた浮世絵など。

ほか、関東大震災に被災した直後の街の様子についても展示があります。

近代から現代にかけては当時使われていた「近代的な」品の展示も見所となります。

始めは機能一辺倒だったミシンが、付属する机とともに進化していく様子や、

昭和初期の冷蔵庫、

同じくテレビ、

さらには最初期のワープロなどなど。

机一体型となっている理由の中には、かつてはワープロを機能させるため、それだけ多くの周辺機器が必要とされていたという事情も含まれているのでしょう。ワープロの後継機であり、かつ究極の進化系である「ノート型パソコン」が、紙の封筒に入れて持ち運べるまでに小型・軽量化された昨今。

「デスク一体型」は、今昔の感に堪えない展示物の一つでもありますね。

そのほか、珍しいところでは、かつて元町で売られていたという「キツネの襟巻」も展示されていました。

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現代(地元の名産品等)

順路の最後尾に置かれているのは、昭和30年代初頭の、神奈川の一般的な民家の実寸大再現模型です。

「屋根のあり方には地域差があります」と注意書きが付されていますが、茅葺き屋根の下には、畳、神棚、梁等々で構成される、伝統的な日本民家の住空間が用意されています。

「ただし、屋根は除く」とした場合。

「神奈川」ではなく「当時の日本の一般的な」としても通用しそうではありますが、今となってはこのような家屋で暮らす毎日を体感で知っているか否かもまた、一つの大きな(世代間ギャップのような)壁となっているのかもしれません。

平成が終わり令和となった今の世にあっては、昭和の半ば自体が遠からぬ「古き良き時代」にあたりそうではあります。

横浜正金銀行関連の展示

展示品の最後を飾るのは、横浜正金銀行関係の展示です。

博物館となる以前のリアル、即ち横浜正金銀行時代の「記憶」がまとめられたコーナーとなっているのですが、かつて全盛期の横浜正金銀行が進出していた地域や、

本館落成式当日の記念撮影、

さらには横浜正金銀行ゆかりの人々について、展示されています。

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