汐汲坂
汐汲坂は、元町商店街と山手本通りを結ぶ坂道です。
坂名の由来

坂名の由来には「農業用水(海水)の運搬ルートだった」「かつて付近で製塩が行われていた」「汐見がなまって汐汲となった」など諸説あるようですが、公式には「海水が運ばれるルートだった」ことが由来だとされています。
汐汲坂と代官坂

一本隣には、同じく元町商店街と山手本通りを結ぶ汐汲坂が通されていますが、元町商店街をおよそ三等分している二本の坂道は、それぞれ、
- 汐汲坂:JR根岸線の石川町駅寄り
- 代官坂:みなとみらい線の元町・中華街駅寄り
に通されていて、なおかつその延長は、堀川上に架けられた以下の2本の橋
- 市場通り橋:汐汲坂先から中華街の中央付近・市場通りへ
- 代官橋:代官坂先から中華街の東端付近、南門シルクロードのやや東へ
を通じ、横浜中華街とも結ばれています。
中村川と東京湾を結ぶ堀川(西の橋付近から山下橋付近にかけての部分)は開港期の防犯対策の一環で掘削され、架橋はその時期以降、明治・大正期にかけて段階的に実行されているのですが、現在の代官橋、市場通り橋は共に昭和末期(共に58年)に架橋された新しい橋(歩行者専用橋)です。
◾️関連リンク
Guide
- 【堀川に架かる橋/元町商店街・横浜中華街間】市場通り橋(汐汲坂付近-市場通り)
- 【横浜中華街/元町中華街エリア】市場通り(横浜中華街、市場通り橋から開港道へ)
- 【元町中華街エリア/山手本通り】代官坂(元町商店街、山手本通り間)
- 【堀川に架かる橋/元町商店街・横浜中華街間】代官橋(前田橋・谷戸橋間の小さな橋)
- 【横浜中華街/元町中華街エリア】南門シルクロード(横浜中華街から元町商店街へ)
- 【みなとみらい線沿線さんぽ】近代横浜の始まり -開港地での共存-
- 【元町中華街エリア/元町】横浜元町ショッピングストリート(商店街)
- 【観光FAQ】横浜中華街の歩き方(元町中華街駅/石川町駅からの食べ歩き)
Info
車の場合は代官坂へ!

汐汲坂は代官坂と比べても道幅も狭く、交通量も少な目で、さほど広いわけではない坂道沿いには幼稚園もあることから、平日日中は一時的に車両通行止めとなる区間があります(※)。

ちなみに、元町商店街から汐汲坂経由で山手本通りに出た後、そのまま本牧通り方面に向かって下っていくと、元街小学校前で代官坂から伸びた坂道に合流することになるので、車の場合は代官坂経由で進むルートがお勧めです。
◾️関連リンク
Guide
- (※)元町幼稚園付近、平日8:00〜9:00、13:00〜15:00
汐汲坂沿いの風景

元町商店街寄りのエリアでは、代官坂と並んで比較的グルメが充実していることも特徴の一つですが、山手本通りが近づくにつれお店も減っていき、道幅も徐々に狭くなっていきます。

汐汲坂自体は割と急な坂道なので、仮に横浜が豪雪地帯だったとしたら、冬場はかなり怖い坂道になっていたことでしょう。

坂道を上り切って、山手本通りへ。写真右方向に伸びた道が山手本通り、左側の下り坂道が(直進すると本牧通りへ抜けることが出来る)箕輪坂への下り坂です。
汐汲坂と山手本通りが交差する交差点付近は、春は満開の桜でとても華やかになります。

余談として、汐汲坂を上りきった交差点付近、写真左側の施設の扉にはエンブレムが付されていますが、汐汲坂の西側かつ元町幼稚園より上側のエリアは、その大部分がフェリス女学院(中学校・高校)の敷地となっています。

汐汲坂のもう一本西隣には、本牧通りと元町商店街が交差する元町交差点付近から始まっている、
通称「フェリス坂」こと西野坂が、

山手本通りとの間を結び、フェリスの中高生の通学路となっています。
坂名(正式名称)に付された「西野」は旧地権者兼開発者の人名(財界人・西野恵之助氏)由来、通称名(フェリス坂)の方は後発で、学校自体が持つ歴史とは別に、戦後昭和以降に広まったもののようです。

