シドモア桜は、「アメリカ人紀行作家・エリザ・シドモアさんの功労によって、日本からアメリカに寄贈された桜」の苗木から育った桜です。
時は20世紀初頭。
都合20年以上にわたるシドモアさんの訴えが奏功する形で、尾崎行雄東京市長や日本郵船社の助力により実現した桜の植樹では(※1)、兵庫県のヤマザクラを台木にして、東京の荒川堤の桜から採った枝を接木したものがアメリカ側に贈られました(※2)。
寄贈・植樹先は、今や全米屈指の桜の名所として名高い、ワシントンD.C(首都)のポトマック河畔です。
1912(大正元)年3月26日、「兵庫・荒川堤のハイブリッド」である桜の苗木は、シアトル経由で現地ワシントンに到着しました。
この時に「のちの桜の名所」が産声を上げた形ですが、毎年春に同地で開催される全米桜祭り=”National Cherry Blossom Festival“は、現在も春の風物詩となっています。

一方、ポトマック河畔の桜のルーツである荒川堤の桜は、残念ながら戦災や戦後の公害などの影響によって一度消滅してしまうのですが、日本が独立を回復した1952(昭和27)年を起点として、特に80年代以降、ポトマック河畔側の助力によって復活に向かいます(※2)。
その後1991(平成3)年には、現在山手の外国人墓地で眠られているシドモアさん兄妹の墓碑そばなどに5本(※3)の桜が里帰りするのですが(※3)、「シドモア桜」の命名は「シドモアさんの墓前への里帰り桜」であることにちなんだものです。
ポトマック河畔からの桜がシドモアさんの元に帰った91年には、荒川にも「里帰り」が果たされています。
95年には荒川・ポトマック川の間で姉妹河川提携が結ばれ、植樹100周年にあたる2012(平成24)年には、両河川間にて姉妹河川としての活動も活発化しました(※2)。
シドモアさんとの縁によって横浜に「里帰り」した桜は、現在、市内・県内をはじめとする各所への植樹も進められています(※3)。
◾️関連リンク
Guide
- 【堀川に架かる橋/沿線の歴史的建造物】谷戸橋(元町中華街駅前、谷戸坂傍)
- 【元町中華街エリア/元町】横浜元町ショッピングストリート(横浜元町商店街)
Info・参考資料
- 日本郵船歴史博物館公式サイト “ポトマック河畔の桜“(※1)
- 日本政府広報室(英語版) “アメリカと日本を結ぶ桜“(※2)
- 荒川上流河川事務所 “春には、荒川と桜“(※2):1952年の植樹は失敗し、のち80年代以降に今の荒川堤につながる桜並木が整えられます。「シドモア桜」が横浜で眠るシドモアさんの元に里帰りした91年にも、荒川にはポトマック河畔からの桜が里帰りしました。
- National Cherry Blossom Festival公式サイト
- ※3:シドモア桜の会横浜のサイトでは「里帰りは91年」とされていますが、日本郵船の公式サイトでは「里帰りは96年」とされています。また、この時植樹された桜の本数にしても、「桜の会」では5本、「日本郵船」では4本とされています。「諸説あり」に見えますが、ここでは「91年説」(加えて、併記されていた「5本説」)で記載しました。

